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花札はいつできたか

いつの時代に花札はできたのか…と思ったら、緑花試験の過去問にあっさり書いてありました。(ちょっとがっかり)

花札は天正年間(1573~92)オランダの水夫によって伝えられたうんすんかるたから変化し、江戸時代末期に現在の形が固定して、普及したものです」   (平成16年公式問題集より)


しかし、それではつまらないので(私が)、
1500年代の終わりがどんな時代か、調べてみました。
(手持ちの資料は世界史年表しかありませんので、文章がものすごく拙いと思います(^^;))

そのころ…


日本は、安土桃山時代(信長・秀吉の時代)。


……おやおや、はじまりは意外に古い時代なのですね。


オスマン・トルコ帝国が、レパントの海戦でスペイン連合軍に破れ、衰退をはじめています。
しかし、そのスペインの黄金時代も、実は終わりかけ。
スペイン無敵艦隊がイギリスに破れ、スペインは制海権を失ったのです。
これからはイギリス帝国が熱い!という気配がひしひしとし始める頃でしょうか。
オランダは、スペインから独立したてです。


上の過去問↑では「オランダの水夫が」と書かれていますが、
これ、「ポルトガルの水夫」っぽいです。
花札のHPには大体そう書かれています)

当時、東方貿易を行っていたのがポルトガル。
鉄砲、キリスト教(宣教師)、カステラを日本に伝えたのもポルトガルです。

オランダは、この後(1602年)、東インド会社を設立してアジアに進出し、
ポルトガルから香料貿易を奪取するわけですが、
1500年代の終わりだと、まだちょっと、早いかもしれないです。

話を戻して。
インドではムガル帝国がアクバル大帝のもと、北インドのほとんどを平定。
続く17世紀にかけて、最盛期を迎えます。

中国では明です。ずいぶん倭寇に苦しめられていたようです。
明が海上貿易を著しく制限する政策をとっていたために、密貿易が盛んに行われていました。
その頃、「西遊記」が成立しました(^^) 明だったのか~
おっ、よく話に聞く「本草綱目」という薬学書もこの時代のようです。
これは緑花試験に関係あるような(ないような…) 出ないよこんなの




……。 

ここまで書いておいてなんですが、
1500年代後半の「天正かるた」「うんすんかるた」には、花なんかちっとも描かれていません(^^;)

花札の元になった天正かるたは「カップ、刀剣、コイン、棍棒の4スート、1から9の数札と王、騎士、従者の絵札」、天正かるたが日本化したうんすんかるたは、福の神なんかも加わったそうですが、花はありません。
幕府によって何度も禁止されている間にデザインを変え、江戸時代の後半に今の形になったそうです。

江戸時代の終わりころ(1850年頃?)…日本は開国問題で揺れ、中国はアヘン戦争に敗れてイギリスにすっかり占領されています。
インドもイギリスがほぼ征服。

花札は、外国から伝わり、長い鎖国の間に練られ・完成された日本的なものであるようです。
日本的な美しさと退廃を感じさせる花札が、圧力をかける列強への不安に揺れる時代のアジアで完成した、というのがおもしろいですね。
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TAG : 花札

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